1745年、伊能忠敬は、上総国山辺郡小関村、現在の千葉県山武郡九十九里町小関の名主である五郎左衛門家で生まれました。1762年、伊能忠敬が18歳のときに伊能家の婿養子として入り、商人として酒、醤油の醸造、貸金業を営んでいました。商人としての才覚があり伊能家を再興し財産を築いていきました。1794年、伊能忠敬が50歳の時に隠居した後、家業を息子に譲り単身江戸に出て測量・天文観測などを行いました。そして、1800年の56歳のとき、第1次測量を始め測量家としての才覚を発揮するのでした。
自身の私財をなげうって行った測量事業を行うことが幕府に認められ幕府からの支援を受けるようになりました。そして国家事業へと成長した伊能忠敬の測量事業は、日本地図として大変精度の高い大日本沿海輿地全図を完成するに至ったのです。
伊能忠敬が当館に宿泊したのが文化3年、1806年9月17日の事ですから、約200年が経ちます。若狭へ訪れたという資料を揃え、後世に伝えていきたいと思い伊能忠敬写真館を始めました。今後は、当時、伊能忠敬に出された食事(忠敬御膳、忠敬弁当など)を再現していきたいと考えております。
額は、ケヤキ材で組み上げ、塗装は拭きうるし仕上げで吊り金物は本うるしの焼付けが施されています。また、表装は越前和紙手すきの鳥の子が貼ってあります。